――― 池袋駅はそれなりに広い駅だ。特に副都心線は駅の端にホームを構える。
自分から積極的に動き回らなければ、小さな情報は聞こえてこない。
面倒見のいい先輩・有楽町のお陰で疎外感を感じないではいるが、いつまでも頼ってばかりというもの面白くはない。
新参者の自分が好意的に受け入れられていないのは充分に解っている。
だが、それを卑下するつもりは毛頭ない。自分を偽ったところで得るものは何もないのだから。
――― 夜も更けたとはいえ、この夏の盛りでは地下通路は快適とは言えない。
なのに、こうして歩き回るのは、地下鉄駅構内とは違う熱気に当てられたいせいか。
そんなことを考えながら、副都心は終電直後の池袋駅構内の地下通路を歩いていた。
中央通路を真っ直ぐに東口へ。
そこで不思議な光景に出くわした。
「……何、やってるんですか? 西武池袋さん」
そう声を掛けずにはいられなかった。
何故なら、日頃あれだけ澄ました態度を見せている彼が、困惑を隠しきれずに大きな花束を抱えているのだから。
「別に何かをしているワケじゃない」
返る言葉も歯切れが悪い。どう答えていいのか、彼自身が迷っている風でもある。
よく見てみれば、花束は花束なのだが何かおかしい。
綺麗にラッピングされたわけでもなく、何かしらの統一性があるわけでもなく。
何より、その花たちには瑞々しさが足りなかった。
「萎れかけてませんか、それ?」
「……店じまいに出くわしたら、良かったら……と渡された」
その数少ない言葉に納得する。
確か、この通路では花が売られていたはずだ。
ちゃんとした店舗としてではなく、路上販売のような形で。
地下鉄駅構内はともかく、この地下通路はそれなりに暑い。
一日営業した後では、翌日に販売できるほどの新鮮さは保てないのだろう。
残り物を押しつけられた……というには、量が多い。花を贈った相手もそれなりの感謝の気持ちがあってのことだろう。
大きな花束と、青いコートと鮮やかに染められた金髪。
そのコントラストはそれなりに華やかなもので。
だが、その萎れかけた花が何処か退廃的な気怠さを強調させる。
いや、悪くはない。
むしろ ――― いい。
勿論、瑞々しさに溢れた花も似合うのだろうが。
「……良かったじゃないですか」
「花をもらって何が嬉しいんだ。女子供じゃあるまいし」
「素直に頂き物を喜べばどうですか? 花に罪はないし、感謝の気持ちなのでしょうから」
感謝、という言葉に反応したのか、西武池袋は一瞬沈黙の後、意外にも素直に肯いた。
「それも……そうか」
そう言って、和らげた表情に拍子抜けする。
『感謝と奉仕』
それが、社訓。
彼にとって永遠の誰かが残した、言葉。
――― 何処までも、本当に。
呆れるより先に、安心すらしてしまう。
絶対の『何か』を持つ相手に。
「……持て余しているなら、僕に少し分けてくれませんか?」
「子供か、お前は」
苦笑で応じる相手に、口元だけの笑みを返した。
「なんとでも。出来れば、その紅い薔薇を」
花束の中でも、紅い薔薇は一輪しかない。売れ残ったものとはいえ、それなりに人気があるのだろう。
彼は素直にそれを選び、副都心へと差し出した。
「これだけでいいのか?」
そう、悪くない。
そうやって、萎れかけた一輪の薔薇を施すという構図は。
「ええ、ありがとうございます」
鋭利な棘を避けるように、蕾のすぐ下を人差し指と中指ですくい上げる。
「……池袋って、いいですよね」
その言葉に、相手は一瞬、言葉の意味を測りかねたように眉を顰めた。
単純に駅名としてなのか、地名としてなのか。
それとも。
その間を確認した後で、言葉を継いだ。
「何か、人の体温がするというか」
花に残る、微かな暖かさを確認しながら、さほど香らない花の芳香を手繰る。
「田舎だと言いたいのか?」
場所としての名前だと認識したのか、相手は微かな笑みを浮かべてそう応じた。
皮肉、と言うよりは、まるで何も知らない子供に向けるような、そんな表情。
それすらも、自分が望んだ幻想なのかも知れないけど。
だけど、そんな幻想なら悪くはない。
「――― 何してんの、お前ら?」
そんな幻想を破るように掛けられたのは、有楽町の声だった。
終電も過ぎたのに姿の見えない副都心を捜しに来たのだろうか。
いい先輩ではあるけれど、タイミングはイマイチだ。
「……お前もいるか?」
「はあ?」
西武池袋は先ほどの笑みを浮かべたまま、有楽町へと声を掛けた。
こんな夜中に、それも決して仲がいいと言えるはずもない組み合わせで、予想もしない笑みを向けられて。
有楽町は不信感を拭いきれない表情で眉を顰めた。
「子供みたいなものだろう、お前も」
何を言っているのか解らない、と思いながらも、確かに機嫌の良さそうな西武池袋に有楽町は沈黙したままだ。
――― ああ、これも悪くない。
西武池袋と決して覆らない時間を共有している有楽町が知らない、自分と彼のだけの会話。
それぐらいは許されるだろう。
西武池袋が選んで有楽町へ差し出した花は、黄色いデイジー。
自分が持つ花とは、全く異なる花。
それもまた、悪くない。
どんな意図があっても、無くても。
the END
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The first up_date 2008.08.10