――― 日頃、池袋には聞き慣れない音が聞こえてきた。
何処か潮騒を思わせるその音は、近くを走る湾岸道路の騒音だ。
自分の路線には海など無いのに、どうしてそんな連想が働いたのか。
深夜という時間だけあってひっきりなしに車が走っているわけでもないが、それでもふと気付くと耳に付いている。
その緩慢なサイクルが、自然の揺らぎの潮騒を思わせるのかも知れない。
駅構内には新木場という土地柄を反映して材木をあしらった築造物が多い。
池袋の口元に、微かな苦笑が浮かぶ。
もしかしたら、この駅をゆっくり見るのは初めてかも知れない。
そんなことを思いながら、池袋は改めてコンコースからホームへと下りた。
終電はついさっき終わっている。誰もいないだろうと思ったその場所に、いて当然の人物の影があった。
「……池袋、大丈夫か?」
有楽町が少しだけ心配そうに、だが、それと見せないように問い掛けてくる。
「別に、何もない」
どうかしたのか、と聞いてこないだけ、まだ気が利いているだろう。
今までだったら、こんな地上駅ではなくもっと地下の奥深くに身を隠しているところだ。
――― だが。
それはもうしないと、決めたから。
自分の意志が反映されない範囲での「事故」は、相変わらず池袋の神経を摩耗させる。
それでも、以前よりはずっと落ち着いていると、自分では思っていたのだけれど。
気が付くと、逃げ出す場所を探していた。
いつも通りではいられなくて。日常に組み込んでしまいたくなくて。
それでも、留まれているのは――― 。
何か言いたげな相手の視線に反応を返すことなく、池袋はホームの中程にあるベンチへと疲れたように腰を下ろした。
あまり海沿いという感じはしないのに、微かな溜息混じりに俯いてみれば、何処か潮の香りが漂っているような気すらして。
耳鳴りのような車の騒音がまとわりついて。
溜息すら零せないように息を詰めたとき、静かに頭上へと手が添えられた。
「……何だ?」
「うん」
問い掛けの答えではないけれど。
ふわりとした柔らかさで、その手は髪をなぞる。
微かに暖かさを感じさせるその手に、もう一度強く潮の気配を感じた。
――― いや、違う。これは自分の中の海。
込み上げようとする何かを押さえつける度に、感じられるその気配。
自分はもっと凪いでいなければならないはずなのに。
海風は優しく足元を浚うから。
the END
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The first up_date 2009.11.02